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人との出会いから生まれる、60年続く町工場のものづくり

TeraとRojiと 2020 Spring 出展作家 株式会社マエダ特殊印刷(前田 努,高岩 千容)

July 18, 2020


− 前田さんはものづくりが身近な環境で育ったのでしょうか。


努さん:凸版印刷(※1)を用いてシールを作っているマエダ特殊印刷は、祖父の代から60年続いてる印刷所です。僕も小さい頃はインクを乾かす手伝いをしたり、シールを切り貼りして遊んだ幼少期でした。工場で働く父や祖父の姿をずっと見て育ちました。


− 社会人になる際に家業である印刷所を継ぐことは迷われましたか。


努さん:直接肌に触れて生活の一部になるものを作りたかったので、印刷ではなく靴のデザイナーとしてのキャリアを進みました。


靴を企画販売しているメーカーの門を叩き、紳士靴のデザインや革の開発、本底の設計、国内外の生産管理をさせていただきました。一からデザインした靴を販売するまでの一連の流れが分かるところに身を置いたことで、ものづくりの現場の厳しさや、楽しさを教えていただきました。


働いていく中で、それぞれの作り手の技術の高さを日々目の当りにしました。ものづくりにはそれぞれの道を極めた作り手がいて、経験の積まれた技術に僕の考えや技術などは、到底及びません。自分の出来ることは、デザイナーとしてそれぞれの作り手の思いを素直にお客様に伝えて届けること。一緒になってより良い方向を考えることが大事なんだと思うようになりました。



− 今ではご夫婦で制作されていますよね。どのような気持ちで印刷の世界と関わっていったのでしょう。


努さん: 将来的には妻と二人でものづくりをしていこうと決めていました。

凸版印刷は最も古くからある印刷技法です。

最新の印刷機器では表現できない味わいがあり、版画のような面白さや色の奥行など、あまり知られていない魅力がたくさんあります。シールの凸版印刷だけに特化して、自社製品を作っている会社は世の中になかったので、印刷を通じて何か伝えるべきことがあるかもしれないと可能性を感じました。


会社を辞めるのは仕事も任されていたのでとても迷いましたが、印刷でも靴でも、ものづくりをすることは変わらないし、シールの凸版印刷の魅力をもっと伝えたい気持ちが強くなっていきました。年を重ねていく両親や祖母、生まれた子どもと一緒の時間を過ごしていきたいという想いもあり、2年前に家業を継ぐ決意をしました。



千容さん:私は元々大学でグラフィックデザインを学び、卒業後はドラゴンブルームス(屋号:丸川商店)というデザイン事務所と併せて物販もしているお店に勤めていました。そこでは三重県の松阪木綿(※2)を使用したプロダクトのデザイン・制作から販売も経験しました。デザインと印刷は、元々密接な関係があります。とても興味のある世界だったので、自分の培ってきた全てを発揮できたらと思い、今も全力で向き合っています。



− お仕事をされる上で大事にしていることはありますか。


千容さん:印刷について言えば、初めから限界を決めず、自分の目で見ることを大事にしています。以前、自分の描いた線の細いイラストを凸版に出来るか製版屋さんに聞いてみた事があったのですが、これほど細かいデザインを綺麗に凸版に起こすのは難しいと言われてしまったことがありました。しかしデザインをする上で、凸版印刷でどこまでが出来るかの線引きを理解したかったので「出来ないというのも見てみたい」とお願いしました。実際に試してみると、想像以上に細かなイラストの表現が出来たんです。


努さん:大量生産をする靴のメーカーでの働いた経験からも感じるのですが、ものづくりは発起人の意思が最後まで伝わらないと良いものはできないと思うんです。一人の意見ではなく社員全員が良いと言ったものは、どこにでもあるつまらない物になることがほとんどでした。


マエダ特殊印刷では、方向性を二人で考え、妻がデザインしていき僕が形にしていくという流れが多いです。できるだけ想いをそのまま伝えたいので、方向性が固まってからは僕は意見を言わないように気を付けて、意見を求められた時だけ言うようにしています。



− 凸版印刷を広めるために取り組んでいることはありますか。


努さん:凸版印刷の面白さを知っていただくには、もっと技術をオープンにしていかなければならないと思うのですが、印刷会社は基本的に企業からオーダーを受けて作るので、秘密保持の観点から閉鎖的でものづくりの現場を見せ辛いんです。現在は、積極的に自社製品の印刷風景を公開しています。


今後も、より多くの方が実際に印刷現場の雰囲気を味わえる環境に整えていきたいです。

制作を公開する以外にも、昨年は初めてワークショップとして、凸版印刷のシール作りに挑戦しました。


千容さん:凸版印刷で使うインクは紫外線で固めないと乾かないので、場所を汚さないようにすぐに乾いて楽しめるものはないか?と市販の様々なインクを買って試行錯誤しました。

ワークショップでは凸版の仕組みも理解してもらいたいと思ったので、シールの厚みを利用した凸版を作るところから体験して頂きました。私たちも制約がある中で考えて、やりたいことを叶えていく時間がとても楽しかったです。


− 凸版印刷にまつわる様々な挑戦をされているんですね。


千容さん:印刷の仕事とは少し離れますが、二人でロゴや名刺、パンフレット、店舗の看板のデザイン制作や、美容室の仕切りに使うカーテンをミシンで縫うなどシール印刷以外のお仕事もさせていただきました。周りからは「千容さんは何をしている人なの?」と聞かれることもあります。(笑)


努さん:色んな人と出会ってものづくりをしている、変わったシール印刷屋だと思います。

マエダ特殊印刷という会社名は祖父がやっていた頃、シール自体が特殊でシールにラミネートを貼ることに特許が必要だったことから「特殊印刷」という名にしたと話を聞いています。今となっては、僕たちのシールを軸にしたものづくりが「特殊」という名前とリンクしてきています。


− コロナ感染予防のための手作りできるマスクキット「ミナノマスク」も手掛けられていますが、制作秘話をお伺いしたいです。



努さん:2月の終わり頃、ナノファイバーのシートを取り扱っている地元の会社の「このシートでマスクを作れないか?」という相談から始まりました。マスクが無く困っている方が自分たちの周りにもたくさんいて、僕たちにも何か出来ることがあればと、協力させていただきました。


前職の繋がりのあった生地屋さんから中国も工場はストップし、不織布やゴムその他の材料が一時的に日本に入らなくなるだろうと話を伺って、家にあるTシャツを切るだけで出来るマスクキットを作ろうと考えました。

一度作り方を覚えて頂ければ災害時にも役に立ちますし、自分で作って周りの方に配ることも出来ます。その場にTシャツとハサミさえあれば大人から子供まで、誰でも簡単に作れる手作りマスクキットです。




千容さん:皆さんからの電話でのお問い合わせの時に「頑張ってください」と言ってくださって泣きそうになりましたね。どうしても通院しなければいけないから作り方だけ教えて欲しいという声や、手が痛くて縫い物が出来ないご年配の方から、切るだけなら出来るかもしれないからやってみたいという声など、様々なエピソードがありました。


努さん:有難いことに家族総出で取り掛かっても、注文に間に合わなくなるほどでした。

初めはマスクの抜き型も夜中にラジオを聴きながら手作業で抜いていましたが、気が遠くなる数でした。お付き合いのある町工場の方に相談をしたところ「うちの機械なら速く出来るよ」と型抜き作業を快く引き受けてくださいました。


地元で仕事が生まれたことでものづくりの輪が広がっていきました。ミナノPROJECTは皆さんに支えられて出来上がったものです。今後は学校の授業の一環などでマスク作りが出来たら良いなと構想を練っています。


マスクを自らの手で作ることの大切さ、作ることで感染に対する意識を見つめ直して

いただけるようなものにしていきたいです。


ミナノPROJECTの第二弾 ミナノカメンの図案パターン(作家より写真提供)

− ものづくりの現場に向き合い続けられたからこそ出来上がったものなんですね。自社商品に力を入れたいとお話ありましたが、今後挑戦したいことはありますか。


努さん:ミナノPROJECTの第二弾として、子どもたちが遊んで作れる「ミナノカメン」を考えました。顔型に切り抜いた透明素材にシールを貼ってオリジナルのお面を作れます。今はコロナウイルス感染症の懸念からイベントも軒並み中止なので、手作りキットを通じて自分でデザインして作る楽しさ、難しさを知ってもらいたいという願いを込めています。


(2020年8月12日より発売開始)


千容さん:ミナノカメンのキットには、図案のパターン集も入っています。マスク作りより難易度は高いかもしれませんが、大人も子ども達もいつのまにか作るのに本気になって、ご家族で盛り上がっていただけたらいいなと思います。今日はこれで遊ぼうみたいな日になったら嬉しいです。


ミナノカメンでの遊び方イメージ(作家より写真提供)

− TeraとRojiとには初のご参加ですが、きっかけは何でしょうか。


努さん:自社製品の販売を始めたばかりなので、まずは実際に売り場に立ってお客様の声を聴いてみたいという想いがありました。自社製品を通してこんな印刷屋さんがあることを知ってもらいたい。お客様が何を見ているのか、どこに目線があるのか知ることは重要です。


出展するイベントは何個か候補があった中で、二つに絞って地元のクラフトイベントとTeraとRojiとに応募しました。TeraとRojiとのwebサイトを見ていて、ものを好きそうなお客様が多そうな空気感を感じました。佇むようにある雰囲気に魅かれて僕たちの創作意欲が湧いたんです。過去の出展作家さんのインタビューも読ませて頂いて事務局の方が一人一人を大切に見てらっしゃるんだなというのが伝わりました。



− ありがとうございます。また次回のTeraとRojiとでは、凸版印刷の楽しさを伝える時間にしていただければ幸いです。


こちらこそ、また開催される日を楽しみにしています。ありがとうございました。


開封が待ち遠しくなるようなミナノカメンのパッケージ(作家より写真提供)


(※1)凸版印刷:最も長い歴史を持つ印刷方法。凹凸(おうとつ)のある版の凸部分にインクをつけ印刷する。


(※2)松阪木綿:天然藍の先染め糸を使い、「松坂嶋(まつさかじま)」と呼ばれる縞模様が特徴の松阪地域で生産される綿織物。






執筆 - 澤井 奈々子(さわい ななこ)

写真 - 折尾 大輔(おりお だいすけ)

編集 - 川上 智子(かわかみ ともこ)



 

インタビューした作家


マエダ特殊印刷

東京深川にて60年以上続く凸版印刷によるレトロなシール印刷所。グラフィックデザイン、オリジナル商品の企画、製造、販売からシール印刷のワークショップなども行う。

印刷を通して出会ったご縁を大切に、シールを軸にしたものづくりをしている。



 

TeraとRojiとではゆったりと時の流れる谷根千で作家との出会いを楽しんでほしい、という思いをもって活動しています。


そこで、作品づくりの背景やイベントに関する意見交換を作家として積極的に参加いただける出展作家さまを募集しています。


よりわくわくするような「TeraとRojiと」を一緒に創っていきましょう。

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